元対馬市議会議員

脇本ひろき

HIROKI WAKIMOTO

脇本ひろきの活動報告
VOL.14

鹿児島県政務調査報告書(H25年1/22~1/24)

対馬市議会 清風会(兵頭榮・長信義・島居邦嗣・山本輝昭・脇本啓喜)

【はじめに】

今回鹿児島県内を政務調査地に選定した理由は以下のような思いからである。

対馬市は現在、長崎県病院企業団病院の一つとして平成26年10月開業に向けて新統合病院建設を進めている。建設の大きな理由の一つとして、医療従事者が確保できる規模と機能充実を図ることがあげられる。しかし、本土の黒字経営病院でさえ医療従事者確保は困難な時代を向かえており、ましてや離島の本市は新統合病院を開設してもなお困難な情況は払拭できるわけではない。

昨年1月幣会派は、沖縄県における離島へき地医療を政務調査項目の一つとして選定し、本県長崎同様の離島県沖縄の医療従事者確保に係る取り組み状況を調査研究、また一次医療圏から二次医療圏の搬送システムや、ドクターヘリを活用した三次医療圏への救急搬送に関しての先進的取り組みを調査研究した。

今回の政務調査においては離島医療問題1項目に絞り更に深く調査研究すべく、3つの先進事例箇所を訪問しご指導ご鞭撻をお願いした。

①鹿児島大学大学院医歯学総合研究科離島へき地医療人材育成センター
訪問目的:離島へき地医療人材育成確保の先進地の取り組みを実際にお聞きし、対馬市の医療従事者人材育成及び確保を図る。

②瀬戸内町へき地診療所
訪問目的:在宅医療充実の一環として、対馬市におけるへき地巡回診療車の導入可能性を現地で調査研究する。

③ナカノ在宅医療クリニック
訪問目的:直線距離にしても南北82km東西18kmしかも180余の集落からなる本市においては、新統合病院開院後も在宅医療の充実は重要な課題であり、在宅医療の先進的事業展開で知られる当該クリニックの取組みを現地で学び、対馬市の在宅医療充実を図る。

なお、本調査事前学習をする上で、上記3箇所以外にも長崎県医療人材対策室、対馬市保健福祉部、長崎県病院企業団、上対馬病院の各担当者には有益な資料の提供をいただき大変お世話になりました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

【1月22日午後1時半~午後3時半】

〔訪問先〕鹿児島大学医歯学総合研究科離島へき地医療人材育成センター

担当者:センター長教授嶽﨑俊郎氏、教授大脇哲洋氏

准教授根路銘安仁氏、特認助教桑原和代氏

《内容》離島医療従事者確保及び育成に関する調査研究

1.鹿児島県の現状について

鹿児島県の地理的特徴は、東北地方がスッポリ入る範囲に離島が点在し、しかも人口百名以下の有人離島が多数存在することが挙げられる。離島面積は2,488k㎡(全国1位)離島人口182,600人(全国1位)である。離島数28のうち半数の14は無医島であり、そこには2,365人が居住している。また、離島の離島も多く、県庁所在地の鹿児島市まで最短で13時間以上かかる島もある。

経済的特徴としては、多くの離島の平均所得は二百万円を下回り、生活保護率は全国平均が13.8%であるのに対して、鹿児島県平均が16.8%、翌日視察に行く奄美大島瀬戸内町が69.7%であり、千人当たり7人もが生活保護を受けている苦しい経済状況にある。

また、離島の人口減少率も著しく50年前と比較すると人口が4分の1以下にまで減少している離島の離島も珍しくない。

ところで、鹿児島県は長寿県と勘違いしていたが、平均余命は全国平均より低く、男性に限ると全国で下から5番目に低い。特に県内の中でも離島地域の自治体の平均余命は軒並み低水準にあり、陸続きであってもへき地を多く抱える大隈地域の平均余命も低いという傾向が【鹿児島県市町村別平均余命】のグラフからはっきり読み取れる。

鹿児島県の医療施設に従事する*1)「人口10万対医師数」は243人で全国平均230人をかろうじて上回っている。ただし、昨年調査した沖縄県や本県同様に県庁所在地周辺地域と離島地区の医師の偏在は解消されていない。

*1):離島等においては医師数の増減よりも人口の減少が著しく影響し、見かけの数値が好転する傾向もあり、埼玉県茨城県千葉県がワースト3県であることからも、昼間人口と夜間人口の格差や面積をファクターに加える等しなければ医療充実を図る指標として相応しいかどうか疑問に感じるところもある。

2.離島へき地医療人材育成センターの役割について

当該育成センターは、平成19年度に5年計画で文部科学省の特別経費事業により設置され、平成23年度からは文部科学省が一般経費に組み込み継続されている。全国の医学部生、大学院生、および医師に門戸を開いて離島へき地医療に貢献できる医療人の育成し、離島へき地医療に関する高度の知識と幅広い支援方法を習得させることを目的としている。主な事業内容は以下の通り。

①医学部生
全国の離島へき地医療を志す医学部生を対象に、*2)夏期短期離島へき地医療実習コースを定期的に行い、離島へき地医療への理解と自信を深めている。

②大学院生
離島へき地において住民を対象にした疾病の予防及び長寿の調査研究に関する高度離島へき地医療演習コースを行っている。将来、鹿児島県の離島へき地医療従事を志す大学院生に対しては鹿児島県の*3)「へき地勤務医師等修学資金貸与制度」とも連携させ、支援を行っている。

③研修医
*4)プライマリ・ケアを中心とした離島へき地医療研修プログラムを提供している。

④離島へき地医療希望医師
ニーズに応じたオーダーメード地域包括医療プログラムと、プライマリ・ケアを中心とした育成プログラムの企画調整、生涯学習支援の実施、遠隔医療やMedia DEPOを用いたe-learningシステム、データベース構築等を行い、各医師にIDを発行しオンデマンドでの視聴を提供している。

⑤既に離島へき地医療に従事している医師
症例やセミナーをデータベースとして活用するe-learningシステムを発展させ、離島へき地における生涯教育を支援している。

⑥調査・連携
離島へき地医療人材育成に取り組んでいる拠点の実態調査と、連携に向けて連絡会議を実施している。

⑦医師以外
地域医療の重要性を伝えることを目的に、地域に出向いて講演会を開催している。また、県内の高校生を対象とした出前授業も開催している。

*2): 離島やへき地は、全国に先駆けて総合診療が重要となり、教育としては優れたフィールドである。

*3): 医学部修学資金貸与制度については、公益社団法人地域医療振興協会の「へき地ネット」に詳しい。
対馬市出身者は、対馬市、長崎県、長崎県病院企業団等独自の修学資金貸与制度が利用可能である。
これらの修学資金貸与制度がうまく機能していないことに関するブログ(ぐり研ブログ:医学部地域枠ますます締め付けは厳しく)等の批判もある。

*4):あらゆる健康上の問題、疾患に対し、総合的・継続的、そして全人的に対応する地域の保健医療福祉機能能をいう。プライマリ・ケアを専門に担う医師は、各専門診療科別の専門医と区別して総合医と呼ぶ。

3.*5)地域枠医学生 への対応について

地域枠医学生は県内の医療機関に一定期間勤務することが義務付けられている。しかし、従来から貸与利息も添えて貸与金を返還し他地域で就職する医学生もおり、地域枠医学生についてもその可能性を危惧する声もある。この未然防止策として、地域医療の楽しさ・重要性・やりがいを学生の時期に繰り返し経験できるよう工夫をしている。

医学生にとっての重要な関心事は、勤務義務年限を短期化することよりも、義務期間以降もしっかりと働けるように、各種専門医修得に向けたキャリアアップ計画を提示し、経験や技術の遅れ等に対する不安を取り除いてあげることであり、それらを教育カリキュラムや義務期間のフォローに取り組んでいる。

*5):平成16年の臨床研修医制度改正に伴いますます医師の偏在化が加速したといわれて久しい。全国的な医師偏在化解消に向けて、地域医療に従事する医学生確保することを目的に平成14年度から国公立大学医学部入試に認められた大学所在都道府県出身者優遇制度が地域枠制度である。その多くが地元の修学資金貸与制度を利用することを条件としており、一定期間大学所在の都道府県勤務が義務付けられる。

4.総合診療医の充実の重要性について

離島へき地における患者は地理的・経済的に移動が困難な高齢者が対象となるため、地域完結型医療をできるだけ目指す必要がある。そのために、プライマリ・ケアの実践において幅広い診断・検査・治療のスキル向上が求められる。

5.医学生の地域医療教育について

多疾患を扱える医師の必要性を実感させるため、総合診療的スキルの必要性が、最も実感できる地域での繰り返しの体験を積ませ、地域医療の重要性を強く印象付けさせている。実習項目数が少ない場合には実習の効果が上がらない可能性があるため、*6)地域医療活動をほぼ網羅していると思われる11項目について、毎年全て実習先を訪問し、実習内容の確認を行っている。

さらに、地域住民との交流を通して地域社会を知ることで保健・医療・福祉の位置づけを考えたり、地方の食、自然などを体験し、地方の魅力も体験することで、離島やへき地を多く抱える鹿児島県の地域医療の現状を知り、地域医療の意義や役割について考えてもらう。また、医学科と保健学科、歯学科の学生の交流を通して、地域医療におけるチーム医療の重要性についても考えてもらうことを目的に、地域医療トレーニングキャンプを毎年開催している。

*6): 外来診療、在宅医療、病棟回診、時間外診療、巡回診療、老人保健施設、特別養護老人ホーム、デイケア・デイサービス、健康教育、患者教育、リハビリテーション、予防接種

【1月23日午前11時~午後1時半】

〔訪問先〕瀬戸内町へき地診療所

担当者:瀬戸内町保健福祉課課長伊藤悦郎氏

《内容》巡回診療バスに関する調査研究

1.瀬戸内町へき地診療所の歩みについて

◎昭和37年 請島に診療所を開設し、離島無医地区への医療活動を開始。
〇昭和40年頃 診療船を建造し、離島やへき地への巡回診療を開始。
〇昭和50年 診療船を更新する際、レントゲンと心電計等の医療機器を搭載。
〇昭和55年 巡回診療車を設置し、加計呂麻島への診療開始。
◎昭和57年 古仁屋市街地にへき地診療所を設置。(内勤医1名、巡回医1名)
〇昭和59年 与路へき地診療所を開設。
◎昭和63年 巡回診療船を廃止し、現在の8地区巡回診療体制を開始。
◎平成12年 請島、与路島の両診療所に看護師常駐を開始。
◎平成14年 巡回診療車(心電図解析収録器搭載)を更新。
〇平成15年 CTスキャン・放射線科画像保管通信システム導入による遠隔画像診断の開始。
〇平成23年11月の奄美豪雨災害によりへき地診療所を一時閉鎖(仮移転)。
〇平成24年5月より診療を再開。

2. 瀬戸内町へき地診療所の概要について

瀬戸内町は奄美大島の南部に位置し、本島側の一部(診療所まで車で1時間強)と加計呂麻島、請島、与路島の3つの離島を抱える*7)広範囲な行政区である。その地理的な特殊性から役場所在地の古仁屋市街地にへき地診療所を設置し、そこを拠点として40集落を8ブロックに分けて、医療環境に恵まれない地域住民への医療を提供している。診療所の概要は以下の通り。

①施設の規模:敷地面積1,805㎡ 建物面積1,327㎡
②病 床 数:一般病床19床
③ 診療科目 :内科、外科
④職 員 数:派遣医師2名(自治医科大卒業生)、看護師15名(内パート2名)、 看護助手2名、X線技師1名、栄養士1名、調理員3名、事務員7名、合計29名

*7): <資料1>瀬戸内町巡回診療(巡回地区内)参照

3. 巡回診療車の活用状況と装備について

巡回診療車は、本島の一部(7集落333世帯、人口563人)2ブロックと加計呂麻島(30集落、918世帯、1,496人)の集落を4ブロックに分けて*8)月2~3回巡回し、診療や投薬を行っている。巡回診療車は、昭和55年度に初めて設置され、平成2年度に更新された。その後、平成15年度に特定離島ふるさとおこし推進事業を活用し、現在の車両に更新されている。事業費全体は、21,711千円(県費17,893千円、町費3,818千円)で8割が交付金措置を受けている。

巡回診療車による診療受診患者数は、平成15年度7,478名であったが平成23年度は5,001人となり、33.3%減少している。これは、50%近くまで進行した高齢化率と人口減少による影響であり、決して必要性が低下したわけではなく、高齢化や独居老人の増加等むしろ益々ニーズは高まっていると思われる。

添付の<資料3>写真からもわかるように、巡回診療車は災害時には外部電源に切り替えられる。また、コンパクトな心電図計器やエコー機器を携行し対応でき、診察はもちろん、採血、処方、待合等のスペースも確保されている。

対馬市も新統合病院が開院したとしても、通院が大変な遠隔地が残される。上記程度の予算でこれだけの医療行為が可能な車両が購入できるのであれば、導入を検討する価値は充分にあると思われる。

*8):<資料2> 巡回診療地区及び休日当番に予定表参照。請島、与路島の両島には診療バスを運搬できず両島の診療所を拠点に医療を提供している。

4.巡回診療施設特別会計の現状と課題について

瀬戸内町は巡回診療施設特別会計が設けられており、その推移は<資料4>の通りである。平成17年度までは黒字決算であったが平成19年度から赤字に転落。医師3名体制にした平成20年度からは大幅に赤字額が膨らんだ。平成21年度からはついに一般会計から赤字補填分を繰り入れざるをえなくなっている。一般会計予算が80億円程度の瀬戸内町にとって6千万円の繰り出し金はかなり重い負担だと思われる。<資料4>の★赤字改善策を講じたとしても、赤字が全て解消されるわけではないと思う。しかし、同★入院病棟の存続についても記述にあるよう、最低限確保すべき体制だと思われる。

平成19年に厚生労働省が示した公的病院改革ガイドライン第1章で謳われている、【公立病院の役割は、地域に必要な医療のうち、採算性等の面から民間医療機関に提供が困難な医療を提供すること】を踏まえ、限られた財源を有効に活用するために、行政と議会は離島へき地医療のあり方を真摯に調査研究し、実効ある改革を不断に進めていかなくてはならいと改めて感じた。

【1月24日午後1時半~午後3時半】

〔訪問先〕医療法人ナカノ会 ナカノ在宅医療クリニック

担当者:理事長兼院長中野一司氏

《内容》在宅医療の先進的取り組みに関する調査研究

ナカノ在宅医療クリニック院長に視察受け入れを依頼した際、院長の著書「《在宅医療が日本を変える》を読んでお越しいただくと、理解が進むと思います。」とのお薦めがあり、訪問前に拝読して伺った。先ず、その帯に衝撃を受けた。『〝家で死にたい〟のではない。死ぬまで〝家で生きたい〟のである。』5年前103歳まで家で介護し、病院に搬送してその日の内に亡くなった祖父の顔が浮かんだ。*9)対馬市でも在宅介護をする家族向けの研修会等は開かれている。しかし、その参加者の多くは施設勤務者であるようだ。また、看護師は高吸収オムツの着脱講習等を受けているようだが、本来は在宅で介護をしている家族に研修や講習を施す必要があると思われる。現在、要支援者または次期要支援者の所在把握が、個々の医療・介護機関や行政でバラバラになされており、いわゆるプラットホームの役割を果たす機関およびシステムが必要と思われる。

*9): 昨年、上対馬で開催された市主催の在宅介護研修会に参加した際、施設従事者の割合が8割程度であった。一昨年の病院内研修会の際、一般向けの講習会を行っているか訪ねたら、退院後に実施しているとの回答。入院後に退院できず亡くなられる方も多く、入院前の要支援初期の支援者に対する研修や講習の開催が本来必要であろう。

1.キュア概念とケア概念について

ここでは、在宅医療を勉強する上で必要な、村田久行氏の理論におけるキュアとケアの概念(定義)を末期癌患者の苦しみを例に解説する。 苦しみの構造は、その人の①客観状況(癌の症状)と、②もとのように元気になりたいという主観的な思い・願い・価値観(情況)のズレから生じる。この苦しみをとる(①と②のズレを少なくする)方法(アプローチ)には2つの方法があり、それがキュアとケアである。 キュアとは、①客観的状況を改善(癌を治す)し、患者の②主観的情況を満足させ、患者の苦しみを緩和する方法である。

一方、ケアとは、①客観的状況の修正(キュア)が困難場合でも、患者の②主観的な情況が①の客観的状況に沿うように変わるのを支援していくことで、①と②のズレを少なくして、苦しみを和らげる方法である。

『人事を尽くして天命を待つ』の『人事を尽くす』がキュアであり、『天命を待つ』のを支援する援助がケアとも言える。

2.医療法人ナカノ会の歩みについて

中野氏の著書の巻頭言(鹿児島大学医歯学総合研究科丸山征郎教授)によれば、一般の生物は、生殖期を過ぎると死のプログラムがオンセットされるが、ヒトだけは、生殖不可能な年齢(後生殖期)になっても生存する。後生殖期に増えてくる疾患は病気というより、誰にでも起きてくる正常過程の延長線上の身体のあり方ともいうべきもの(自然疾患)である。その自然疾患に対応するには、キュアを中心とする病院医療から、ケアを中心とする在宅医療への転換が必要であり、それを提唱しICT(情報)革命を活用することで世界に先駆けて実践したのが医療法人ナカノ会である。

1999年9月に医師1人、看護師(保健師)1人、事務(臨床検査技師)の3名で「ナカノ在宅医療クリニック」(個人)を開業した。介護保険制度施行6ヶ月前の時期である。当時は、訪問看護やホームヘルパー、訪問入浴サービス、介護施設、調剤薬局、病院の各種サービスはバラバラに提供されていた。今後、在宅医療では、これら個々の社会資源が有機的につながり、多職種連携で機能する地域連携ネットワーク型の在宅医療システムが必要だと考えていた。在宅医療を始めたくて開業したのではなく、在宅医療システムの構築を目指して、ナカノ在宅医療クリニックを開設した。

2003年には、「医療法人ナカノ会」を設立し、2004年には看護部門等を独立させた。 *10)2006年の診療報酬改定では、<資料5>ナカノ在宅医療クリニックの開設理念がそのまま<資料6>国の制度に採用されるような形で、新たに〝在宅療養支援診療所〟の制度が設けられた。ナカノ在宅医療クリニックはそのまま〝在宅療養支援診療所〟となり、診療報酬もアップして経営も安定している。

2012年8月時点でのスタフは、医師5名(内非常勤3名)、看護師10名、事務7名(内非常勤1名)、理学療法士1名、運転手非常勤3名の総勢26名となった。在宅患者数は164名(13年間の名寄せ後延べ865名)である。

ナカノ在宅医療クリニックは開設以来13年間で、362名(内末期癌患者194名)の方を自宅で看取っている。在宅看取り率は、約70%(末期癌患者は約95%)という高い割合で、患者を自宅で看取っている。

*10): 松下幸之助氏の言にならい、『世の中に必要なものを追及すれば、お金は後からついてくる』というのが医療法人ナカノ会の経営哲学である。

3.在宅医療をめぐる現状について

現在進行中の医療崩壊は、キュア志向の病院医療の崩壊であり、その救世主がケア志向の在宅医療である。医療再生のシナリオは①急性期医療(キュア志向の医療)の集約化、②在宅医療(ケア志向の医療)・介護の連携・推進・普及③病院医療(急性期医療)と在宅医療(慢性期医療)の良質な連携、であり、その行き着く先に「地域包括ケアシステム」が展望できる。戦後失われてきた①地域社会の連携システム、②地域社会が担っていた、医療、介護、福祉システム、③地域社会が担っていた、教育システム、等の崩壊は、失われた地域社会(地域コミュニティ)が包括していた機能(システム)ケアそのもの崩壊であり、ICT革命を活用し失われたケア社会再構築(キュア)する必要がある。

即ち、在宅医療は、病院医療の崩壊のみならず、崩壊した地域社会を再生する救世主となり得るという意味を込めて、《在宅医療が「日本の医療」を変える》、ではなく《日本を変える》という著書のタイトルとしたことも頷ける。

在宅医療は、地域社会資源を基盤においた多職種が連携するチーム医療であり、その質を上げるためには、a.良質かつ低コストな連携システムの構築、b.各参加メンバーのクオリティーを上げるという2点が重要である。

医療法人ナカノ会は、住み慣れた地域で看取れる環境を提供することを目指し、「ケアタウンナカノ構想」を掲げ、実現に向け取り組まれている。

具体的には、高齢者向けの医療・介護サービスの提供に止まらず、レストランやショッピングモールを包括(運営ではない)することで、バリアフリーの推進を図る。そこで、地域住民が、障害者、高齢者や小児と時間と空間を共有すること、また、教育・研修センターを設け講演会や研修会を実施することにより、ノーマライゼーションの普及を推進する。更には、文化・芸術産業も包括することで、グリーフケアを提供する葬儀産業とも連携する等壮大な構想となっている。

2012年度、厚生労働省の平成24年度在宅医療連携拠点事業として、全国105ヶ所の医療、介護施設が採択された中に、ナカノ在宅医療連携拠点センターも含まれている。この厚生労働省の在宅医療連携拠点事業は、①ICTシステムの有効活用と、②教育活動により、他職種連携で機能する地域連携ネットワーク型医療システム(地域包括ケアシステム)の構築。を目指すもので、これは、開業以来医療法人ナカノ会が実践してきた開設理念と一致する。

在宅医療の現場に赴けば、一人の患者が、心臓は循環器科、骨粗しょう症は整形外科、白内障は眼科と、複数の医療機関を受診していることに気づく。おそらく、自分で通院可能な外来患者はそれ以上受診している。複数医療機関(複数医師)受診の弊害としては、重複薬剤が存在することや、お互いの医療機関の連携不足などが挙げられる。ケア志向の在宅医療は、在宅主治医が「かかりつけ医(総合医)」としての機能を果たす。「かかりつけ医」の条件としては、①複数の疾患を観ることができ、心のケアにも対応できる。②介護計画をつくるケアマネジャーと情報を交換し、往診もする。③痛みの緩和ケアなど、終末期医療にも対応する。などである。今後このような「かかりつけ医」の需要は増加していく。全国より早く高齢社会となった離島においてはその供給は喫緊の課題と言える。

4.在宅医療と情報革命(ICTの活用)について

2008年の診療報酬改定では、ケアカンファレンスや退院後カンファレンスなどの連携に関する診療報酬が評価された。前項のaとbを達成するにはICTをフルに活用することが益々求められる。

具体的には、電子カルテを導入し、スタッフ全員(運転手を除く)が使用し、法人内メーリングリストを活用できる環境を整えた。また、集金は口座引き落としとし、支払いはネットバンキングを活用した結果、残業を削減、スタッフは個人的には完全週休2日制であるが、法人全体としては年中無休、24時間対応を可能ならしめている。過労防止により、多様なミスを未然防止し、さらにはスタッフの向学心を生み出し、個人ひいては法人の価値を向上させている。

ICT化を進める際には、労働の分配(ワークシェアリング)が重要である。医師の人件費は事務員の3から5倍のため、医師の資格が無くてもできる事務作業をすると不経済となるが、たとえ事務作業が2倍3倍に増えても、事務職員が行うことで、トータルの人件費は削減される。また、医師の事務量削減は、従来以上の医療行為提供を可能とし、心身の負担の軽減によりミスの防止にもつながる。このように、効率的な情報システムを創る作業は、結果として雇用の創出にもつながる。仕事のあり方自体が、上位下達縦割社会から、ネットワーク型フラット社会へのパラダイムチェンジを迫る時代となっているのである。

パソコンの進化により、個々の作業は個々のパソコンが行い、大型コンピュータは個々のパソコンが仕事をしやすい環境を提供するための、サーバー=サービス提供者に転じた。中野氏はケア志向の在宅医療も同様であると言う。即ち、急性期医療病院が大型コンピュータの役割を、各種医療・介護社会資本(の従事者)が個々のパソコンの役割を果たすということである。

しかし、ICTは効率を上げるためのツールであり、中野氏は直接現場に赴き話し合うことを重視する姿勢は崩していない。むしろ、直接現場で診療する、教育する時間を確保するために、ICTをフル活用していると言えよう。「メーリングリストはオフ会のためにある。」という中野氏の言葉からも、それは明らかなのではないだろうか。

5.看取り文化の創造と地域包括ケアシステムの構築について

「2.医療法人ナカノ会の歩みについて」において上述した、驚異的な看取り率に達するまでは、大変な苦労があったと思う。

保険診療上は、毎月2回以上の訪問診療をしないと、24時間、365日対応する在宅医療の高い診療報酬(在宅時医学総合管理料)が算定できないため、患者と家族に、その旨を説明し、最低2週間に1回訪問診療を実施しなければならない。当初は何の変化も無い(寝たきりの)患者を頻回に訪問することには、医師側も心理的な抵抗があったようだ。患者側からも、そこまでは必要ないとの反応であったそうである。しかし、中野氏は、それこそキュア志向の病院医療の考え方で、ケア志向の在宅医療の考えに至っていなかったと感じるとも振り返られている。

在宅での継続生活を保障するケア志向の在宅医療においては、定期的な訪問診療が重要であり、24時間、365日対応しない在宅医療は役に立たない。日ごろの患者の情報(病状のみならず、生活や、患者と家族の意向など)を的確に把握することで(ケア)、往診時(キュアを要する緊急時の診療)において、緊急搬送、看取りなどの判断を含めた的確な医学的判断を下すことが可能となる。

仮にケア志向の在宅医療に高い診療報酬が支払われても、(不要な)緊急搬送を減らし、在宅での看取りなどに対応すれば、キュア志向の医療(急性期病院)の負担を減らすことが可能であり、トータルとしての医療費は削減できるはずである。また、高額なコストを費やす検視も削減できる。

現在、在宅医療で、なかなか見取りが進まない理由の一つに、「看取りの24時間ルール」における誤解がある。本来は、24時間以内に診療していない患者でも、日常診療をしていて、予想される疾患で亡くなった場合には、医師は死亡診断書が書ける。また、法律的には(医師法:第20条)24時間以内に診療していれば、直接診療していなくても家族や看護師の報告のみで、医師は死亡診断書が書ける。検視するか死亡診断するかは、事件性があるか否かで判断すべきで、明らかに病死である(事件性がない)と主治医が診断する場合は、死亡診断すべきである。しかし、現在一般的にはこのような(直接死因の特定できない)ケースの場合は、検視にすることが多い(キュア社会における一般社会常識である)。このことが、警察組織において少ないスタッフでの検視を強いてしまい、逆に重大事件を見落とす要因にもなり、近年大きな社会問題となっている。

近年、医療技術の進歩により、多くの病気が検査、治療できる中で、生老病死の当たり前の出来事が、どこかに忘れ去られてしまったのではないか。その結果、①(結果的に)患者本人が望まない治療を施す可能性を生む、②介護する家族や介護職員の不安が大きくなる、③トータル医療、介護費用のコスト・パフォーマンスが悪くなる、といったデメリットを生んでいるのではないか。

これらのデメリットは慢性期の医療をキュア志向の病院医療の哲学で対応しようとしているからであり、ケア志向の在宅医療の哲学で対応できるならば、①患者が望まない過剰な医療を控えること、②介護する家族や介護職の不安を軽減できる、③結果的に医療、介護費用の削減できる、可能性が見えてくる。これは、近江商人の「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」の『三方よし』という、古くから日本人が手本としてきた持続可能な経済の知恵に通じる。

看取りは、(財源確保の)〝目的〟ではなく死ぬまで家で生きることを支援した〝結果〟である。患者の望むケア志向の在宅医療の結果が在宅での静かな看取りにつながり、結果的に医療費を安くする。という看取り文化を創造する必要がある。

【おわりに】

東日本大震災が起こった一昨年、ブータン王国夫妻が来日され、GHP(国民総幸福量)が話題になった。幸福とは、昨年夏に対馬市志多留で開かれた島おこし実践塾の発表でも多くのグループが取り上げた「足るを知る」という側面があると私も思う。

昨年度の沖縄政務調査報告書の【おわりに】にも記したが、今回も第17代対馬当主宗義調のことば「島は島なりに治めよ」に込められていると考えられる2つの意味を再度思い起こさせられる政務調査となった。島の身の丈に合った統治と、島の歴史や風土に合った統治である。現代の対馬島民は本土と同じ画一化されたシステムに沿って本土並みの生活水準を求め続けて、義調公の言わんとしたと思う対馬でよりよく生活するための術を忘却しているのではないだろうか。

財部市長が、選挙公約に掲げて取り組んでいる<新統合病院開設後に対馬いづはら病院を民間に委譲し、約60床程度を備えた医療と介護を提供する施設の構想>についても同じ様なことが言えないだろうか。医療について素人の行政が関わるより、プロの医療法人に任せたほうがよいという考えももっともに聞こえる。人口が集中している厳原市街地から大きな病院が無くなることに対する市民の不安を緩和させるという、市民の意見を反映する構想であることも充分に理解できはする。しかし、行政や議会は限られた財源で、より市民のためになる医療体制(方針)を創造していくことが求められているのであり、市民の要望が果たして正論なのか調査研究し、否であれば正しい情報を知らせ納得いただき、正しい方向に導くことが、代表者の使命だと思う。反対するなら必ず対案を出せということは、ときに暴論となることもある。スピード重視社会においては、走りながら考えることが必要であるが、後戻りすることでかえってスピードが遅くなる上に無駄なコストを費やすことにならないよう、立ち止まって慎重にことを進めることも必要な場合もあるはずだ。

今回の政務調査で学んだことを、医療・介護事業関係者のみならず広く市民に知らせ、市民やあるいは島外の専門家のご意見をいただき、対馬いづはら病院の跡地利用構想については、本当に60床程度設置することが適当であるのかを含めて再検討する必要性を感じた。また、積極的に島外へ在宅医療に関する調査研究出張を行う、メーリングリストを活用する等、今後の対馬市の医療・介護について、迅速かつ不断に改革を推進することを以下の通り提言する。

◎医師に限らず、医療従事者確保に向けた積極的な取り組み強化

◎巡回診療車の導入等、医療難民解消施策の強化

◎ケア志向の在宅医療システムの構築

【資料5】ナカノ在宅医療クリニック開設理念と目標

1.訪問診療を主な業務とする。

2.単なるクリニックではなく、本格的なケアマネジメント業務も起業する。

3.ツールとしてICT(電子カルテ,電子メール,インターネット・携帯電話など)をフル活用する。

4.地域では、競争ではなく共生を目指す。各機関と良好な関係を結ぶことで、お互いの利益向上を図るとともに、医療全体の質を高め、地域医療の向上に貢献する。

5.病診連携・診診連携のほか、訪問看護ステーション・ヘルパーステーションなどとの連携とその交通整理を推進し、これらの要となるべきシステムを構築する。単にペーパー(紹介状や報告書)のみの情報交換ではなく、実際に現場や施設へ行き交渉する。

6.医師会活動(各種勉強会、医師会訪問看護ステーション、医師会検査センターなど)と連携し、地域医療向上を図る。

7.ケアカンファレンスの実施。

8.在宅医療の知的集団を形成し、企画・教育・広報などの業務ができる専門家を育成する。

9.法人内外の勉強会を励行する。

10.在宅医療の教育機関として機能する。(1999年9月、2008年8月一部改正)

【資料6】在宅医療診療所の要件

1.保険医療機関たる診療所であること。

2.当該診療所において、24時間連絡を受ける医師又は看護職員を配置し、その連絡先を文書で患家に提供していること。

3.当該診療所において、又は他の保険医療機関の保険医との連携により、当該診療所を中心として、患家の求めに応じて、24時間往診が可能な体制を確保し、往診担当医の氏名、担当日等を文書で患家に提供していること。

4.当該診療所において、又は他の保険医療機関、訪問看護ステーション等の看護職員との連携により、患家の求めに応じて、当該診療所の医師の指示に基づき、24時間訪問看護の提供が可能な体制を確保し、訪問看護の担当看護職員の氏名、担当日等を文書で患家に提供していること。

5. 当該診療所において、又は他の保険医療機関の保険医との連携により他の保険医療機関において、在宅療養患者の緊急入院を受け入れる体制を確保していること。

6.医療サービスと介護サービスとの連携を担当する介護支援専門職員(ケアマネジャー)等と連携していること。

7.当該診療所における在宅看取り数を報告すること。(2006年4月)

脇本ひろき
元対馬市議会議員